和包丁はどのブランドがよいのでしょうか。これは、これから和包丁を買おうという方からいちばん多くいただくご質問です。日本は細部にかけては名だたる大国ですから、刃の形、産地、鋼材といったどれもが選ぶうえでの判断材料になります。ここでは入門としてのご説明ですので、分かりやすいように4つの点にしぼって書きました。それでも、お読みいただければ選び方の見当がずいぶんつくようになると思います。
- まず鋼材の種類を決めましょう 日本以外の国の包丁を選ぶ場合、この問いは必要ないかもしれません。一般に市販されている包丁のほとんどはステンレス製で、私たちにもなじみのある金属だからです。しかし、和包丁には鋼(はがね)で作られたものが数多くあり、ステンレスよりはるかに鋭い切れ味が出ることをご存じでしょうか。しかも鋼には純度による等級があり、白紙(しろがみ)、青紙(あおがみ)などが選べます。それぞれに番号が付いており、番号が小さいほど純度が高くなります。ただし、こうした鋼材の包丁をご家庭用に選ぶことは、私は強くはおすすめしません(飲食店には強くおすすめします)。理由は単純で、手入れがむずかしいからです。鋼は純度が高いほどさびやすくなります。もっとも近年は、鋼をステンレスで挟み込んで鍛え、さびるという欠点をなくそうとする作り手もあります。高い切れ味がほしいけれどさびの手間はかけたくない、という方にはよい考え方でしょう。とはいえ、ステンレスの鋼材であっても日本の作り手はたいへんよく切れる包丁を仕上げることを、どうかお忘れなく。満足をはるかに超える水準です。よく使われる鋼材の例を挙げると、モリブデンバナジウム、VG10、VG1などで、とくにVG10とVG1が広く使われています。VG10とVG1の違いは、VG1のほうがよく切れる一方、切れ味の持ちはVG10に劣るという点です。もっとも、鋼材だけで包丁の出来が決まるわけではありません。同じ鋼材でも、ブランドによって仕上がりは違うからです。鋼材については、最高の切れ味を求めるなら鋼、ほどよい(十分に良い)切れ味ならステンレス、という程度に大まかに選んでおけばよいでしょう。細かい銘柄は、ブランドを決めてからあらためて選べば十分です。
- 産地が得意とするものからブランドを選びましょう この点は以前にも書きました。日本の主な包丁の産地は三つ(ほかにも数多くあります)、堺、関、そして新潟県の燕三条です。白紙や青紙の鋼から生まれる格別な切れ味がお好きなら、堺(Sakai)を産地とする包丁、たとえば堺孝行(Sakai Takayuki)や源正房(Minamoto Masafusa)をおすすめします。価格を問わず、とてもよく切れるステンレスの包丁がほしいということであれば、関(Seki)を産地とする包丁、たとえばミソノ(Misono。洋式の包丁をつくった最初の日本ブランドで、どの面でも十点満点の評価です)や正広(Masahiro)をおすすめします。切れ味がよく、それほど高すぎない価格(およそ2,000〜4,000バーツ)をお求めなら、新潟県燕三条の藤次郎(Tojiro)をおすすめします。ここで日本の包丁ブランドをすべて挙げることはできません。百年を超える歴史を持つ正本(Masamoto)のような名門や、名高い刀鍛冶の方々も数多くいらっしゃいます。さらに、日本国内の特定の用途に応えるため、独自の形や鋼材でつくられたブランドも数え切れないほどあります。もし特別に限られたご要望をお持ちであれば、この記事だけでは十分にお応えできないかもしれません。
- 美しい包丁は高価ですが、美しさは性能を表すものではありません ここで申し上げているのは、ダマスカス模様の包丁、槌目(つちめ)の包丁、黒打ちの包丁のことです。美しい包丁は性能が劣る、という意味ではありません。ダマスカス模様も槌目も黒打ちも、いずれも装飾として施されたものだ、ということです。もちろん、こうした工程を経る包丁は、もともとの性能が良いものばかりです。しかし、見た目が素朴な包丁がそれに劣るということはまったくありません。その美しさがお好きであれば何の問題もありません。ただ、美しい包丁のほうが素朴な包丁より性能が高い、という話ではないのです。
- 手入れのことも忘れずに 金属の包丁はどれも研がなければならない、ということをお忘れなく。どれも、です。特別な切れ味を必要としない用途であれば、1000番の砥石で研ぐことをおすすめします。和包丁には、日本製の砥石を強くおすすめします。金属をよく削ってくれるからです(番手が安定しているナニワをおすすめします)。それより高い切れ味は、寿司や刺身など、あるいは果物のように繊細な仕上がりが必要な用途のためのものです。切れ味の高い高価な包丁のなかには、とりわけ研ぎにくいものもあります。青紙の鋼材でつくられた包丁がその例で、とくに青紙の柳刃は面全体を研がなければなりません。私自身も研いだことがありますが、たいへんむずかしく、たいへん肩が凝り、たいへん疲れます。そのうえ、金属を特別に速く削る砥石も必要になります。
私の経験では、和包丁は一本一本が本当に丁寧につくられています。求める性質に合わせて鋼材を選び、製造のために新しい技術や優れた手法を探し求め、休むことなく作品を磨き続ける職人の手に委ねる。ですからこの記事は、読者のみなさまに和包丁の世界を開く、最初の扉にすぎないのだろうと思っています。